この記事は以下を目標として記したものです.
- ピタゴラス数の公式をのべ五通りで証明すること.
特に無し.
ピタゴラス数の事
今ここに 紙と鉛筆 定規あり 紙の面には 方眼の 無限に広きを 記したり
鉛筆使い 方眼に 底辺に 縦の 直角のある 三角形 下図のごとく 書き込めば 三本線の 造りたる ごく簡易なる 形状に ある不思議なる 秘密あり
その昔 ある幾何学者 眼に留めて この三角を ふと眺め 自ら問いを 案じたり 問いに曰く いま描きたる 三本の 内未詳なる 斜め線 斜辺の長さ 幾らかと
試しに定規 辺に当て 斜辺の線長 測れるに その幾何学者 立ち竦み ただ目盛りをば 直視せり 定規を見れば 奇しくも 斜辺の終点 誤差もなく 整数のを 指したりて それ分数にも 無理の数にも あらざる様が 確かなり
この三角の 不思議図は 古来広きに 知れ渡り その原理また 大凡そ 四千年来 世界中 ただギリシア人 のみならず 古バビロニア 古代エジプト 古代中華を 始めとし 数多の文明 知得して おのおの書記を 遺したり
直角をもつ 一般の 三角形の 辺長に 当たる正数に 名を付して 底辺 高さが 斜辺がの 文字振れば \begin{align} a^2+b^2=c^2 \end{align} なる 関係式が 成立す 広く幾何学に 知られたる 三平方の 定理とは この事を指す 称えなり ととを 与えられ もし斜辺 欲しからば 上式使い 左辺より を 導きて 平方根を 計算し 正しき長さ 知り得べし この等式は 数学に 最も名高き 類にして 古代ギリシア 賢人の ピタゴラスの名 冠せられ 幾何学 算術 三角法 多岐の分科の 基点なり 三平方の 式見れば ただ精巧なる のみならず 左辺右辺の 係数や 冪指数など 整いて 到るところに 乱れなく 幾何に成り立つ 理を いと妙妙に 表せり その妙妙の 魅惑こそ 後代学者を 集わしめ 数の学術を 栄えさせ 図形の理学 幾何をして 用途偉大の 学問に 進歩せしめし 所以なれ
その証明は 正方の 図視て知るべき 明快論 苦しき計算 不要とし 定理に優る 見栄えあり まず 辺長の 直角をもつ 三角形 平面の上に 描画して それを四個に 複製し 辺長をもつ 正方形の 内方の 四隅に合わせ 設定す そのとき内部に 生ずるは 一辺の 正方形 これを第一の 図形とす
大正方形を固定し 各所四個の 三角形 おのおの別に 動かして 第二の型に 改めん 小三角は 四つあれども 二個と二個とを 組みとして 接合すれば 長方形 辺長と のもの 二つを作り 移設して 異なる配置 つくるべし すなわち次の 図形なり
図を較ぶれば 双方は 配置において 異なれど 図を囲いたる 大枠の 正方形ぞ 不変なれ いま始まりの 三角に 面積の 文字を充て 上に描きたる 二通りの 図の面積を 表すに \begin{align} c^2+4S=a^2+b^2+4S \end{align} の 式を見る 今は余分の 項を 左辺右辺より 差し引けば 定理の式に 至るべし
三平方には 「逆」もあり 三角形の 辺長に 現るる数 なる 条件式を 充たすとき その三角は 一角に 直角もつこと 外れなし 三角形の 図におきて わずかに角度 操作して 辺長を崩さず ただ直角を 変ずるに 辺長は 増減し もとの長さに 回帰せず これに従い とは 直角のある 場合のみ 成立すべき 式にして この命題は 明白なり (厳密の 証明法は 省略す)
しからば当初 不思議と例えし 辺長のものも となる 手計算により 簡単に 解釈すべき 事象なり 今この理解 なお超えて 新たに問いを 立すべし なる 等式充たす 数の中 小数以下に 端数なき 正なる整数 その三つ組は いかなりや を 始めとし 次に挙ぐべき その他にも 組はいかほど 多くあり いかなる規則 示すべき この等式を 成り立たしむる の 各組は ピタゴラス数と 呼ばれたり
もし組ありて ならば 正なる整数を取り その各辺に 乗ずるも の 式を生み 元の組より 大になる ピタゴラス数 生成す ゆえに興味の 標的は の 相素なる いわば「原始的」組とすべし は 原始的 は 度外視す いまあらかじめ 考察の 最後に得べき 主定理を あえて明かせば この通り
条件によりて が 成立す および との 「整除」に関わる 条件は 組の間の 公約を ただのみに 規約せり 三条項を 充たしたる 全部の対につき 上記の式に 与えらる の 三つ組の 原始的 ピタゴラス数に なることは 算術的なる 手法にて 験証すべき ところなり :
- の式 成立し
- と との 公約は が 因子により 割り切れず また互除法の 原理にりて ととも 相素なる 整除関係 考えば 二数の公約数は必ず に等しき ものにして 三つの数を ある数により 同時に整除 することは 常に不可能なればなり
\begin{align}\mbox{表 1 番 }\ (m^2-n^2,2mn,m^2+n^2)\ \mbox{ 総覧表}\\\ \end{align}\begin{align}\begin{array}{|r|ccccccc|}\hline m=&1&2&3&4&5&6&\cdots\\\hline\hline n=1& &(3,4,5)&&(15,8,17)&&(35,12,37)&\\\hline n=2& & &(5,12,13)&&(21,20,29)&&\\\hline n=3& & & &(7,24,25)&&&\\\hline n=4& & & & &(9,40,41)&&\\\hline n=5& & & & & &(11,60,61)&\\\hline \vdots&&&&&&&\ddots\\\hline \end{array} \end{align}
組み 組みと 組み その最大公約数は 三つの間 相等し
その公約数 表すに の記号を 以てせん
とくにのとき ととの 整数は 一方偶数 他方奇数 はかならず 奇数なり
証明法. 互除法の 原理によりて 理由はなはだ 自明なり 法の 平方剰余は ととの 二つのみ これによりては 各文字の 偶奇の事も 判明し 補題にいえる 通りなり
これより後は にて は 共に正 互いに素なる 三整数 とくに文字の 奇数なる 組みを表すを 規定とす
1. 外接長方形
二辺の長さがとである直角三角形を用意し, 次の図のごとく方眼上に配置することにより, の直角三角形を構成することができる. 辺の比率が整数比であるような一般の直角三角形を同じように小三角形から作ることを試みよう.
導出法 0. この導出法は特別であるから, 必要ならばととを入れ替えて, を前提とする. 辺長の直角三角形に外接する長方形を描いて, かつそのときに, 下図における左の二角が同等になるように設定する.
左下の直角三角形において, 斜辺を除く二辺の長さをおよびとするならば, おのずから外周における各線分の長さが判明する.
長方形の対辺を長さに関して比較するとき, \begin{align} \left(\begin{array}{l} at+b=ct\\ \ \\ a+c=bt. \end{array}\right. \end{align} と置けば, \begin{align} \left(\begin{array}{l} Xt+Y=t\\ \ \\ X+1=Yt. \end{array}\right. \end{align} ゆえには有理数である. これを互いに素なる正整数の比率としての型に表記する. そのとき, 三辺の比率をとする直角三角形は二辺の長さがの小三角形を用いて構成することができ, かつ, \begin{align} a:b:c&=X:Y:1\\ &=\frac{t^2-1}{t^2+1}:\frac{2t}{t^2+1}:1\\ &=m^2-n^2:2mn:m^2+n^2. \end{align} 第一にととが異偶奇であるとき, 右辺の三項は互いに素なる (→後述解説) 正整数であって, \begin{align} a=m^2-n^2,\quad b=2mn,\quad c=m^2+n^2. \end{align} しかも二数はを満足させる.
第二にととが共に奇であるとき, 右辺の三つの項の最大公約数はであるから (→上記と同様), \begin{align} a=\frac{m^2-n^2}{2},\quad b=mn,\quad c=\frac{m^2+n^2}{2} \end{align} が成り立つ. と置換すれば, 新たなるはを充たし, かつ (が奇であることから見えるように) 偶奇の異なる整数であり, \begin{align} a=2MN,\quad b=M^2-N^2,\quad c=M^2+N^2. \end{align} この式においては互いに素でなければならない. 以上によって定理が証明されたのである.
2. ディオパントスの置換法
ディオパントスは古代にあって算術学を考究し, 一個の平方数を二個の平方数の足し算に分かつための手法を編み出した. もちろん古の計算術は, ことに今の人には難解である. それを新規に改めて, 理解のたやすい知恵とするならば, ごく初等的な証明法に達することができるであろう.
導出法 1. の各辺をによって除すれば, 正なる有理数との方程式に帰着する.
ここにの変数置換を施すとき, もまた有理数なる文字であって, \begin{align} y^2+(qy-1)^2&=1,\\ (q^2+1)y^2-2qy&=0,\\ y&=\frac{2q}{q^2+1}. \end{align} またについても, \begin{align} x=qy-1=\frac{q^2-1}{q^2+1}. \end{align} 変数を分数に表記して, ある相素なる正整数によるに換えるならば, \begin{align} x=\frac{m^2-n^2}{m^2+n^2},\quad y=\frac{2mn}{m^2+n^2}. \end{align} これら二つの分数は仮定によって既約である.
しからばおのおのにおける分子と分母とを比較して, \begin{align} a=m^2-n^2,\quad b=2mn,\quad c=m^2+n^2. \end{align} は奇数であったから, の偶奇は異である.
\begin{align}\mbox{表 2. 変数}\ q\ \mbox{ 総覧表.}\\\ \end{align}\begin{align}\begin{array}{|l|l|}\hline \ (a,b,c) & \ q=(奇+奇)/偶 \\\hline (3,4,5) & (3+5)/4=2 \\ (5,12,13) & (5+13)/12=\frac{\,3\,}{\,2\,} \\ (8,15,17) & (15+17)/8=4 \\ (7,24,25) & (7+25)/24=\frac{\,4\,}{\,3\,} \\ (20,21,29) & (21+29)/20=\frac{\,5\,}{\,2\,} \\ (12,35,37) & (35+37)/12=6 \\\hline \end{array}\end{align}
上に述べたディオパントスの置換法は, 座標によって明快に捉えることができる. ここに円周を用意して, その概要を視察しよう (図 8 中の角度は, 後の導出法に使用する).
の座標が敷かれた平面に, 単位半径の円を描き, その上に乗る有理点を考察する. 有理点または有理数点という語句は, 有理数の座標を有する点のことを意味する. この円周上の有理点を集めて, そこから特別なる一点を除いた集合をの記号に表すならば, ピタゴラス数の方程式はを表示する問題に帰着する.
ある実数を選択し, 直線を図に加えて, これが円周と交わる点をとする. そのとき, 明らかに点が有理点ならば直線の傾きも有理であり, またもし係数が有理ならば, 交点の座標も有理数である. 先述の計算の中に根拠があるから, これは既知の事実であろう. ゆえに二つの集合
は, 要素において一対一に対応する. 換言すれば, のそれぞれの要素は, ただ一箇所の基準点を除外して, 有理数を媒介することにより, 重複もなく, 欠落もなく表すことができるのである. これが第二の導出法の, 幾何学による釈義である (ただし以上の記述にあって文字はの異称である).
3. 円周上の有理数点
前節において, 第一の方法の座標計算を基調とする解釈を述べたけれども, そもそも円は, 角度との相性の好い図形である. この着想に依拠した場合は, 三角法の公式を用いる次の証明に到達する.
導出法 2. 与えられている点が有理点である仮定によって, 変数は有理である. そもそも前記した図において, 変数は直線の傾きを表すものであったけれども, 傾きの直線と軸との成す角をと置いて, これををかわりに起用すれば, 点は円周上軸からの角を進めた点であって, \begin{align} x&=\cos{2\theta}\\ &=\cos^2{\theta}-\sin^2{\theta}=\frac{\cos^2{\theta}-\sin^2{\theta}}{\cos^2{\theta}+\sin^2{\theta}}\\ &=\frac{1-t^2}{1+t^2},\\&\ \\ y&=\sin{2\theta}\\ &=2\cos{\theta}\sin{\theta}=\frac{2\cos{\theta}\sin{\theta}}{\cos^2{\theta}+\sin^2{\theta}}\\ &=\frac{2t}{1+t^2}. \end{align} かくして後は, 前述のものに合流する (以降略).
4. 因子分解
元より数とは物を数える用途のための概念であるが, ときに図形と対照して, 幾何学的に捉えることも大いに意義を有するものである. 例えば平方数*1は正整数を一辺とする正方形の面積に現れる数であるが, その正方形に仕切り線を引いて次図のごとく書き換えると, あらゆる平方数*2が連続する奇数の和から見出だされるという事実を, 一目に観察することができる.
式に表せば, \begin{align}1&=1^2,\\1+3&=2^2,\\1+3+5&=3^2,\\1+3+5+7&=4^2\end{align}等. もしを奇数として, を連続奇数の和における終項とするならば, \begin{align} 1+3+5+\cdots+m^2 \end{align} の和は平方数である. しかも, を除いた和もまた平方数であるから, 二個の平方数を足した和が, 平方数に等しいという等式を得るのである. この方式によって, 原始的ピタゴラス数に対する無数の例が表出する.
さて, 一般の平方数からを引いた差を図の上に表して, その面積が平方であるための条件を考察する. 差を表示する図形とは, 例えば次の図に描くような「く」の字の六角形である.
長方形の部分を移設して六角形を分解すれば, 長さととを辺にもつ長方形に変化する. 式に記せば, \begin{align} c^2-a^2=(c+a)(c-a). \end{align} これを用いて第三の証明とする.
導出法 3. 三平方の等式に因子分解を行って, \begin{align} \frac{c+a}{2}\cdot\frac{c-a}{2}=\left(\frac{\,b\,}{\,2\,}\right)^2. \end{align} 左辺に置かれた二因子は, 互いに素なる整数である.
これに鑑みて, 左辺の因子をと表すならば, \begin{align} a=m^2-n^2,\quad b=2mn,\quad c=m^2+n^2. \end{align} しかもは互いに素であり, かつは奇であることから, 異なる偶奇を有する.
これに加えて, 途中にあった公約数の計算もまた, 長方形の図上において観察のできる事物である. 正なる整数ととが公約数を有する状況は, 辺長との長方形の内方に, 辺長の正方形タイルを間隙を残さず整列して, 四角全体を覆うことが可能なる場合と対応する. これは広く知られた解釈法であり, との公約数, 特に最大公約数を鑑定するための算術 (互除法) に対して, 幾何的意味を与えるものである.
この解釈から, ただちに二個の事実が得られる. 第一にとの間の公約数の全体は, との公約数の全体と一致する. なぜならば, 辺長の長方形から一辺の正方形を取り除いても, 充填性は不変であるからである. 第二に, 正数が特に奇数である場合には, との間の公約数の全体は, との公約数の全体と同一である. なぜならば, 一辺が奇数である長方形を充填しうるタイルの大きさは, 決して偶数にはならないからである. これらの事実を駆使するのによって, 導出途中に記した公約数の計算を視覚的象形に依頼することが可能になる (第一の事実を応用して公約数を算出する方法こそが, エウクレイデスの互除法である).
5. 複素整数の因子分解
複素平面上の格子点, 「複素整数」もまたこの問題に通用する.
ピタゴラス数の公式は, 平方数が平方数の和であるための条件を説いたものであるが, 範囲を平方数に限らず, 広く一般の正の整数が平方数の和に表されるための条件を考えることも, 高尚なる整数論の, 楽しみとなるところである. 二個の平方ととの和に相当する正整数の全体を, \begin{align} S=\{x^2+y^2\mid x,y\in\mathbb{Z},\ (x,y)\neq(0,0)\} \end{align} と記し, に属する整数をかりになる数と呼ぶのならば, その例として \begin{align} 1,\ 2,\ 4,\ 5,\ 8,\ 9,\ 10,\ 13,\ 16 \end{align} が挙げられる. これらの数の性質について,
- 数学者ブラフマグプタの恒等式,
\begin{align} (u^2+v^2)(x^2+y^2)=(ux-vy)^2+(uy+vx)^2 \end{align}によって, もし整数ととがなる数であるならば, 積もまたなる数の一個であり,
- ピタゴラス数の公式により, 正平方数*3がなる数であるならば, 正の整数もまたなる数に所属する.
これらを観るに, なる数は定義においてととの加法を経ているにも拘わらず, あたかも合成数や半素数等の, 素因子分解に基づいて定められた数であるかのように, 互いの間で乗法的な結び付きが顕著である. しからばなる数の本質を, 素因子分解の手法を通じて解釈しようと試みることは, 決して非合理の知恵ではない.
第一の性質のところに用いた恒等式を観察するに, 右辺のおよびは, 二つの複素数の乗算,
に現れる実部と虚部の形である. この掛け算の前後における絶対値 (の平方) を比べれば, ブラフマグプタの恒等式を即時に得ることができる. かくして, あらゆるなる数は一種の複素数の絶対値 (の平方) として捉えられ, その掛け算は複素数の掛け算として会得されるものであるから, 二平方和の代わりに複素数を用いるという着想が出るのである.
たとえば, なる数を因子の積に分解して \begin{align} x^2+y^2=\bigl(x+y\sqrt{-1}\bigr)\bigl(x-y\sqrt{-1}\bigr)=z^2 \end{align} とし, 実部と虚部とが整数である複素数をその「素因子」の積に分解するための手段を立てれば, 通常の整数のものと同じようにすべての解を決定することができるであろう. 整数の成分を持つの数は, 複素整数と呼ばれている.
複素整数は元来の整数の拡張であって, 多くの定理が二者の間に共通する. 例の一つに, 互いに素である通常の整数があって, 積がある整数の自乗に等しいとき, 素因子分解を考慮すれば, およびはそれぞれ適切なる平方数と, の約数である整数 (すなわち) の積に表されると述べるものがある. この命題は「整数」の語を「複素整数」に置換しても成り立つ. ここから次のごとき導出法が得られる.
導出法 4. ピタゴラス数の等式に因子分解を行って, \begin{align} \bigl(a+b\sqrt{-1}\bigr)\bigl(a-b\sqrt{-1}\bigr)=c^2. \end{align} 左辺の二因子は, 複素整数の意味において「互いに素」である.
よって両辺の「素因子分解」を比較すれば, は適切なる整数による
の形でなくてはならない. ここに文字はかかのいずれかである. の偶奇を考慮すれば, \begin{align} a=|m^2-n^2|,\quad b=|2mn|. \end{align} そのときはに等しい. ここから, 表示に必要である対を選別して, 定理の内容が得られる.
証明の中で示された通り, すべてのピタゴラス数は複素整数を自乗することによってつくられる. たとえば, 等式 \begin{align} \bigl(2+\sqrt{-1}\bigr)\bigl(2-\sqrt{-1}\bigr)=5 \end{align} および \begin{align} \bigl(3+2\sqrt{-1}\bigr)\bigl(3-2\sqrt{-1}\bigr)=13 \end{align} の平方から, ピタゴラス数の式 \begin{align} 3^2+4^2=5^2 \end{align} および \begin{align} 5^2+12^2=13^2 \end{align} が見出だされる.
かくてなる数の乗法的な性質は, 複素整数を用いた解釈によって, 素因子分解を得意とするような算術家の手に落ちるのである.
しかし複素整数の素因子分解を利用するに際しては, その結論にいかほどの正当さが認められるのかを机を叩いて議論するよりも, むしろ当初より綿密に理論を建てて, 誤解の虞れなきようにあらかじめ勘案するほうがよいというのは, すでに上の証明を通して明らかになったところである. 複素整数の基礎について, 厳密な説明を記述しよう.
ここから通常の整数はラテンアルファベットによって表記し, 実数とは限らない複素整数にはギリシアアルファベットを用いる.
複素整数の全体を, \begin{align} \mathbb{Z}[\sqrt{-1}]=\left\{x+y\sqrt{-1}\;\middle|\;x,y\in\mathbb{Z}\right\} \end{align} と名付ける. とをこの集合の要素とすれば, 和および差, 積, 複素共役等はすべて複素整数になる. 商は必ずしも複素整数にならない.
証明. 定理は, を充たす複素整数があることと同義である.
複素平面の格子において, 単位正方形に引いた対角線の長さはおよそであり, その半分は未満である. ゆえに, 任意の複素平面上の点, たとえばに対し, そこから距離未満の領域に少なくとも一つの複素整数が存在して, 前記した不等式の通りになる.
これは整数における余り付き除法の拡張である. 等式の中のが商に対応し, が剰余を表している.
\begin{align} 15=4\cdot3+3. \end{align}
\begin{align} 6+6\sqrt{-1}=\bigl(2+\sqrt{-1}\bigr)\bigl(4+\sqrt{-1}\bigr)+(-1). \end{align}
通常の整数が, 逆数もまた整数であるという性質を持つときに, これを単数と呼称することにするならば, 明白にこれはの二数のことを指している. 整数ととが互いに単数倍の関係にあるとき, それらの整除における特性 (割る, 割られるという種の性質) は, ほとんどすべての事象について酷似する.
同様に, 自身の逆数が複素整数であるような複素整数は, 上の単数と呼ばれ, およびの四数のみが当て嵌まる (なぜだろう ? ). 複素整数が互いに単数倍の関係にあって, , 従ってが成り立つとき, これらは同伴であるといい, \begin{align} \alpha\sim\beta \end{align} と表記する. 同伴の関係にあるような二数は, 整除に関わる考察において, そもそも区別されるべきではない.
もし複素整数ととの間に, \begin{align} \alpha=\beta\gamma,\quad\gamma\in\mathbb{Z}[\sqrt{-1}] \end{align} を満たすが存在するという関係があるならば, はによって割り切れると定義し, がを割り切ると定義する. がの倍元であるとか, 逆にがの約元であるという表現も用いられる. 通常の整数と同じように, ある数の倍元は一般式に表すことのできるものであるが, 他方の約元といえば, やのような自明なものを除いては, によって多様であって, 見付けることは困難である.
もし複素整数の約元が, 単数およびと同伴な複素整数の八個のみであるならば, 通常の素数のような意図をもって, それをの既約元と呼称する. 明らかに, 零や単数はこのうちには含まれない.
これから複素整数の「既約元分解」を考えるのであるが, 論の立てようはすべて整数のものと同一であって, 下記において「複素整数」と書かれたところを「整数」の語に書き換えれば, 整数に関する素因子分解の説明を読むことができる. まずはいくつか基礎の命題を確かめることをもって, 証明の準備とする.
以上は記述を易しくするための定義である.
証明. 格子に属する点の中, 原点を除いて最も原点に近い点をとし, を任意に打点されたの要素とする. もし最寄りの点がいくつか複数あるならば, それらの中からどれでも任意に一つを選んでよい. さてをによって割るとき, \begin{align} \zeta=\theta\gamma+\rho,\quad0\leqslant|\rho|\lt|\theta| \end{align} の式が成り立つけれども, そのときはまたの要素であるから, かりにとすれば, これはが最寄りの点であることに矛盾する. ゆえにを要するので, はの倍元である. しかもの倍元はすべて集合に所属するので, との倍元全体は, 集合として相等しい.
複素数の乗算は, 原点を基準とする拡大移動と回転移動とを意味する. しからばがと相似になることも明らかである.
格子を部分集合として包含する格子は, 全体と自身のみである.
もしがの倍元でないならば, 合同式 \begin{align} \alpha\xi\equiv1\ \ (\mathrm{mod}.\pi) \end{align} を満足させる複素整数がかならず存在する.
もしがによって割り切れるならば, とのうち一方は, によって割り切れる.
この性質を有する数を素元という.
逆にがの性質をもつならば, は既約元である.
従って既約元であるための条件と素元であるための条件とは同値である.
の命題は, 既約元分解の一意性にはなはだ大きく寄与するもので, エウクレイデスの補題と呼ばれる. この節における最後の証明準備である.
公倍元, 公約元, 合同, 互いに素 (または相素) といった言葉遣いは, 整数のものと同義である. 複素整数を単なる整数に置換すれば, 補題はすべて既知であろう. 整数と複素整数のいずれにおいても, 既約元の全体と素元の全体は集合として一致している. すべての証明を終えた後には, 二個はまったく同じ概念になるのである.
証明. かりに格子がを含むとするならば, を成り立たしめる複素整数が存在する. しかれどもは既約であるから, 定義によってその約数はまたはと同伴であって, のいずれか一方は単数でなければならない. もしが単数であるならばであり, またが単数である場合は, とが同伴であるのでが成立する. まさに補題文の通りである.
新たに格子を考える. との関係について \begin{align} I\subseteq J_0\subseteq\mathbb{Z}[\sqrt{-1}] \end{align} であって, かつはの倍元でないので, とは等しくはない. ゆえにに述べたことによってが成立し, 整数はに所属する. すなわち \begin{align} \alpha\xi+\pi\eta=1 \end{align} なる複素整数とが存在し, を法としてが成り立つ.
がによって割り切れ, かつがにより割り切れないと仮定する. そのとき, \begin{align} \alpha\beta\equiv0\ \ (\mathrm{mod}.\pi) \end{align} であるが, 各辺に先述のを乗ずれば, \begin{align} \beta\equiv0\ \ (\mathrm{mod}.\pi). \end{align} ゆえにがによって割り切れる.
の性質を持つに対して, を満たす複素整数を考える. 明白にはを整除するのでまたはを割り切る. かりにが割り切れるとしてと置けば, であってかならずは単数である. またがによって割り切れるとしてもが単数になることを要する. ゆえには既約である.
を整数とするとき, 四個の複素整数 \begin{align} \begin{array}{rr} x+y\sqrt{-1},\quad&-y+x\sqrt{-1},\\-x-y\sqrt{-1},\quad&y-x\sqrt{-1} \end{array} \end{align} は互いに同伴の関係にあり, しかもを直角毎に回転させて得られる位置関係にある. その四数の中において, 偏角がよりも大きく以下であるものを真なる複素整数と名付け (どのような図になるか ? ), そこに例外のを添加して, 真なる複素整数の全体とする. あらゆる複素整数は, 少なくとも一個の真なる複素整数と同伴であり, かつ真なる複素整数の集合中に互いに同伴である二数は含まれない.
証明. 始めに分解が存在することを論ずるために, 既約元分解を持たざる複素整数があると仮定して, その中において絶対値の最小なるを選択する. もしが既約元ならば, 適切なる単数を括っての分解が得られる. すなわちは既約ではない. しからば単数ならざる複素整数が存在し, \begin{align} \alpha_0=\beta\gamma \end{align} を成立せしめ, これらの絶対値はよりも大きくよりも小である. したがって当初の仮定によればは単数と既約元の積に分解する複素整数であって, についても既約元分解が存在するが, これは明らかに非合理である. よって仮定は誤りであって, 非零な複素整数の既約元分解はかならず一個存在する.
次に一意性を示すために, 二通り以上の相異なる既約元分解を有する複素整数があるとして, 絶対値の最小であるを選択する. の二通りの既約元分解に記号を付して, \begin{align} \alpha_1&=\varepsilon\pi_1\pi_2\cdots\pi_N\\&=\varepsilon'\pi'_1\pi'_2\cdots\pi'_{N'} \end{align} と表すとき, 中辺におけるは右辺の積を割り切るから, いずれか一個のがによって割り切れる. と置けば, が既約であることにより, は単数であってであることが判ずる. 更に真なる複素整数の性質によればである. 上式の各辺をこれによって割れば, \begin{align} \frac{\alpha_1}{\pi_1}&=\varepsilon\pi_2\pi_3\cdots\pi_N\\&=\varepsilon'\pi'_1\pi'_2\cdots\pi'_{s-1}\pi'_{s+1}\cdots\pi'_{N'}. \end{align} そのとき, 複素整数の絶対値はの絶対値を下回る. の絶対値を最小とした仮定によって, 中辺と右辺は積の順序を度外視すれば同じであるが, もとのの二通りの分解は, その各辺にを乗じたものであって, 乗法の順序を無視するならば同一の方法を示している. 上記の議論は仮定との矛盾に陥るので, 一意的でないとした仮定は誤りである.
既約元分解の例としては,
詰まりの下において, がそれぞれある平方元と同伴であることを述べているのに過ぎない.
証明. 等式 \begin{align} \alpha\beta=\gamma^2 \end{align} を主題とする. 任意の複素整数の既約元に関して, おのおのの既約元分解におけるの総数を数えるとき, \begin{align} v_{\alpha}+v_{\beta}=2v_{\gamma}. \end{align} ただし記号等によってその個数を表している. とが互いに素であるとした前提は, のときにを要して, またの場合にを要することに他ならない. 右辺に置かれたはつねに偶数であるから, ととは (に等しい場合も含めて) かならず偶数である. すなわち二数は平方元と同伴である.
演習問題
. ただしはを充たし, 互いに素にして, 偶奇の異なる二整数を表す.
解なし.
また, 原始的ピタゴラス数の公式に基づいて, 行列を用いる理由を述べよ.
なる数の複素整数上における既約元分解に共通する特徴を述べよ. ただし分解は真の既約元による一意的分解のみを想定する.
またでない複素整数が通常の整数であるための条件はどうか.
(通常の整数の意味において) 相素なる正の整数についてもしがなる数であるならば, およびもまたなる数であることを示せ.
を互いに素なる正の整数とする. なる数の (整数上の) 素因子分解において, の倍数よりも大きい素数は現れないことを証明せよ.
通常の整数にあらざる既約元が自身の共役数を同伴し, かつ通常の整数に属する既約元が, おのおの偶数個ずつ現れること. 通常の整数にあらざる既約元が自身の共役数を同伴していること.
ある複素整数が素元であることを論ずるよりも, 既約元であることを証明することのほうが簡単であるから.
. ただしは互いに素なる正の整数を表す.
またはを置換した組. ただしはを充たし, 互いに素で, 偶奇の異なる正整数を表す.
解なし.
解なし. オイラーが 1770 年に公表した初等解は誤りであったが, 別に正確な初等解法が知られている. 現代においては二次体の整数 (アイゼンシュタイン整数) を導入してを因子分解する手法が最も普遍的である.
この問題の解説記事 :
平方数から成る等差数列の決定問題 - Arithmetica 算術ノート
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