この連続記事は以下を目標として記したものです.
- 初等整数論の知識から出発し, 進数の基礎理論を解説する.
- 上の二次形式に関する局所大域原理を証明し, そこから三平方和定理を簡潔に導出する.
三角不等式, 対数函数, -論法
(1) の記事 :
多変数二次の不定方程式について (1) p 進整数とは何か - Arithmetica 算術ノート
(2) の記事 :
多変数二次の不定方程式について (2) p 進平方数, 三平方和定理 - Arithmetica 算術ノート
(4) の記事 :
多変数二次の不定方程式について (4) 局所大域原理の証明 - Arithmetica 算術ノート
距離の導入
扨て (1) 本文の内容を顧みると, 進整数を考えいだした背景には, 進法表記 \begin{align} a_0+a_1p+a_2p^2+\cdots \end{align} において指数の高い冪を無視する切りすての発想があるということでありました. 実際そうでなければ, \begin{align} 3_{(7)}^2&=12_{(7)},\\ 13_{(7)}^2&=202_{(7)},\\ 213_{(7)}^2&=46002_{(7)},\\ 6213_{(7)}^2&=54610002_{(7)},\\ 16213_{(7)}^2&=342200002_{(7)},\\ &\ \vdots \end{align} の系列がに収束してゆくことを要請したところに説明が付かなくなるはずである. 然しながら元来の実数普通の考えに則った場合, それは大きいはずのを微小なものと見なす行為ですから決して自然ではありません. この不自然を解消するために, ここで進数の概念を新しい「距離」の視点から見なおして, を無視したことを正当化してみせたいと思います.
絶対値
実数の距離というのは, 実数の絶対値を用いて \begin{align} d(x,y)=|x-y| \end{align} と表示されるものでありました. 有理数の集合にこのような「絶対値」をもう一つ定義して, 我々の求めるところの進数的性質を実現することはできないでしょうか. 条件として, 少なくともの列がに収束してゆく設定でなくてはなりませんが, とはいえども, 通常の絶対値を逆数にしたが不適切であることは明白でありましょう. 何故ならば \begin{align} 11_{(2)},\ 101_{(2)},\ 1001_{(2)},\ \ldots \end{align} という整数列がに収束することになってしまうからであります. 進数は〈下の桁から決定する方式〉に基づいていたので, この数列はに収束するべきものであって, より一般に, 最も右の位がでない数列ととの「距離」が近いことは有り得ないといえます. ともすると, 矢張りからの近さを表現することにおいて重要になるのは下の桁にどれ程多くのが並ぶのかということであるから, 数列の右端の位置を採用するのが尤もであるという発想が出てきます. 進付値の性質について簡単に調査しておきましょう.
但だしは実数の部分集合における元の最小値を表す.
証明. は定義に書かれている通りである. 残りの二項を証明するために, またはなる自明な場合を除外した上で, \begin{align} x=p^mu,\ y=p^nv,\quad u,\ v\in\mathbb{Z}_p^{\times} \end{align} とする. 即ちかつである.
の積は \begin{align} xy=p^{m+n}uv \end{align} であるが, 乗法の定義によればになるから
の場合のみを証明しても同じである. すると \begin{align} x+y=p^m(u+p^{n-m}v) \end{align} におけるはに属する. 従って
ここに鑑みて, の進絶対値 (-adic absolute value) を \begin{align} |x|_p=p^{-v_p(x)} \end{align} によって定義します. 詰まりで割りきれる回数が多ければ多いほど, 絶対値の小さくなるように設定するのです. すると次の命題が得られます. の場合はと捉えて下さい.
但だしは集合における元の最大値を表す.
証明. 進絶対値の定義を充てれば前の命題と同義である.
三つ目の性質から, 実数と同様な三角不等式を得ることもできます. \begin{align} |x+y|_p\leqslant |x|_p+|y|_p. \end{align}
をに擦りかえると \begin{align} |x-z|_p\leqslant|x-y|_p+|y-z|_p. \end{align} この不等式は, 二数の差の絶対値をの距離のように捉えるなら, 地点から地点に寄り道してに向かうよりも, から直接に向かうほうが, 距離が近いということを表しています.
上記の式は強三角不等式といい, 実数のものよりも強い不等式ではありますが, 少なくとも新しいが「絶対値」として充たすべき性質を備えていることが見て取れます. 値域がという離散的な集合になっているのは, 少し奇妙ではありますけれども.
進絶対値の定義における指数の底は決してである必要はなく, 例えばを定義としても同じ命題が成立します. 別のいい方をすればととは互いに累乗の関係, 一方を適切な指数で累乗するともう一方になるという関係にあるので, からの性質において違いが生じないのであります. このように, 互いに累乗の関係にある「絶対値」は同値であるといいます.
繰りかえしになりますが, 二つの絶対値が同値であるとは, 恒常的にを成立させる実数が存在することをいう用語であります. 証明は書きませんが, 弱いほうの三角不等式も, 絶対値が同値ならば互いに移り合う性質であることが知られています (→ Minkowski の不等式).
証明. およびによって自明である.
Ostrowski の定理
これまでに, 通常の絶対値と, 各素数に対応する進絶対値とは, 少なくとも絶対値の三条件を充たす函数であることを確かめてありました. ここに加えてもう一つ, 自明なる絶対値と呼ばれる函数があって, 同じ特徴を示します. \begin{align} x\longmapsto\begin{cases}1&(x\neq0)\\0&(x=0)\end{cases}. \end{align} この他に有理数上の絶対値を見つけることは難しく, 仮に別の函数があったとしても, 既に挙げた三つのどれかと同値であることが知られたりする. 実はここから少し証明を進めると, 同値による違いを除けば, の絶対値はこの三種類の他には一つも存在しないという, 大変に興味深い事実を証明することができます. それが下に書きました Ostrowski (オストロフスキー, Островский) の定理であります.
これから, をと表記します.
証明. 自明なる絶対値を始めに除外する.
場合 1 全部の正整数についてである場合
このときを充たす素数が存在する. 然もなければ, 素因子分解の定理によって, 全ての有理数についてになる自明絶対値が得られるからである. 整数の部分集合 \begin{align} A=\{x\in\mathbb{Z}\mid \|x\|\lt1\} \end{align} は全てのの倍数を含む. ここで若しを充たす整数があるとすれば, 任意の正の整数にたいしの整数解が存在してを充たす. 然しのときこの不等式はで非合理であるので, 仮定は誤りであって. に属する数は全ての倍数である. 故にであるから, を一般の有理数とし, 素因子を括ってとするとき, \begin{align} \|x\|&=\|p\|^{v_p(x)}=q^{-v_p(x)},\quad q=\|p\|^{-1}. \end{align} 即ちは進絶対値と同値である.
場合 2 或る正整数についてである場合
先ず, を充たす整数に限ってなる実数があること, 即ちが定数函数であることを証明する. およびをかつを充たす正の整数とする.
を充分に大きい整数として, を進法によって展開すれば, \begin{align} &y^n=d_kx^k+\cdots+d_1x+d_0,\quad0\leqslant d_i\lt x. \end{align} 但だしとする. この等式との不等式とによって, \begin{align} \|y\|^n&\leqslant d_k\|x\|^k+\cdots+d_1\|x\|+d_0\\ &\lt(k+1)x\|x\|^k\\ &\leqslant(n\log_{x}{\!y}+1)x\|x\|^{n\log_{x}{\!y}}. \end{align} 途中によりであることを用いた. ここから直ちに次式が得られる. \begin{align} \log\|y\|&\lt\frac{\log(n\log_{x}{\!y}+1)+\log{x}}{n}\\&\qquad\qquad+\log_{x}{\!y}\log\|x\|. \end{align} この不等式は一般のにたいして成立するものであるが, の極限における評価が最も精密になるのであって, \begin{align} \log\|y\|\leqslant\log_{x}{\!y}\log\|x\|.\end{align} 即ち, \begin{align} \frac{\log\|y\|}{\log{|y|}}&\leqslant\frac{\log\|x\|}{\log{|x|}}. \end{align} 以上のととは互いに入れかえることができる. 従って不等号を反対にしても真偽は合一であるから, \begin{align} \frac{\log\|x\|}{\log{|x|}}=\frac{\log\|y\|}{\log{|y|}} \end{align} が成りたつ. これに基づいてとするとき, であり, 符号に関する対称性によって, が負であってもならばは正しい.
次に一般の整数を対象とする. を充たす整数を取るとき, そのに関して数列は上界を持たず, 整数を定義域とするときの函数は上界を持たない. 故に或るについてはかつが成立するので, \begin{align} \|z\|=\frac{\|zx\|}{\|x\|}=\frac{|zx|^s}{|x|^s}=|z|^s. \end{align} 絶対値の乗法性により, この結果はあらゆる有理数にまで拡張される.
当に進絶対値と通常の絶対値が特別であることの証拠ともいうべき定理が示されました. 函数に課せられた単純な条件から三種類の絶対値が特定されているところがとても不思議であると思います.
更に, このように二種類の絶対値を統一的に見なす視点により, 新たに示唆深い恒等式を見つけることができます. 次の式は積公式といい, 後の有理函数体についての考察で再びまみえることになる定理であります. 抑もそれぞれの素数から創られる法の世界と実数の世界とは, 恰も個々が独立して無連絡に集まりあった構造体のように思われるのでありますが, これらを結びつける一つの大域的な束縛関係が存在し, 然もそれが次のような単純な形式に表されるというものであります.
証明. の素因子分解を \begin{align} |a|&=2^{v_2(a)}3^{v_3(a)}5^{v_5(a)}\cdots\\ &=|a|_2^{-1}{}|a|_3^{-1}{}|a|_5^{-1}\cdots \end{align} とすれば, 積公式が得られる.
これらの結果を見る限り, 数列がに収束するような進の世界観は絶対値の視点から見てみれば杜撰だった, ということにはならないでありましょう. 何とも論理的でない纏め方になりましたけれども, 結論の事は次の項でお話ししたいと思います.
𝒑 進数の再構成
この距離や絶対値という観点についていうと, 実数の全体は, 整数および有限小数, 循環小数から成りたつ有理数の集合に, それよりもきめ細かい数を無数に挿入して連続性を持たせた集合でありました (集合の包含関係を一度図に表してみることをお勧めします). 一方進数体はどうかといえば, 有理数が進法展開における有限列, または循環列 (番号の充分に大きな範囲で循環する数列) に対応しています. 例えば進数における分数は周期的な羅列に展開されるのでありました. そして, これらを含めたあらゆる剰余の無限列を進数と呼称しているわけであるから, 実数の場合と成りたちが似ていることに気が付きます. 若しかすると実数のときと同じ方法を使って進数の体系を再構成できるのではないか......, という妄想が念頭に浮かばないでもありません. この点に関して考察を推しすすめることにしましょう.
ここで実数の構成法を援用する必要がありますので, 距離空間と Cauchy 列 (コーシー列) の定義を書いておきます.
常に
常に (三角不等式)
加えての組を距離空間 (metric space) という.
また上の Cauchy 列 (Cauchy sequence) とは, 次の条件を充たすの元の数列である. 即ち, 如何に小さく正数を取っても, 或る大整数が存在して, \begin{align} m,\ n\geqslant N\Longrightarrow d(x_m,x_n)\lt\varepsilon. \end{align}
Cauchy 列のほうの定義を要約すると, 番号の充分に大きい範囲を取った場合, 項どうしの間隔が極めて迫るということを意味します. 例えばという有理数の列は上の (に通常の距離を付与した距離空間上の) Cauchy 列に当たります.
有名な事実として, 全ての収束列は Cauchy 列でもあることが知られています. 実際, が或る点に収束する場合, 如何に小さな実数についても, それに応じて番号を大きくして, およびを小さくすれば, 三角不等式によって \begin{align} d(x_m,x_n)\leqslant d(x_m,x)+d(x_n,x)\lt\varepsilon \end{align} が真になる. これは直観においても至極く明白であると思います. 然しその逆を取って, あらゆる Cauchy 列は収束列であるかと考えると, この命題は必ずしも正しいとはいえません. このことが実数の構成法と大いに関係してくるのであります.
実数の構成法
有理数の Cauchy 列は, 一見すると或る一つの数に収束してゆくかのように思われますが, その収束値は集合の「内側」であるとは限らない, ということを考えてみましょう. 例えば \begin{align} 1.4,\ 1.41,\ 1.414,\ 1.4142,\ \ldots \end{align} という有理数の Cauchy 列は「外側」の無理数に収束するものであって, 上の Cauchy 列は必ずしもの中で収束しないことが明らかになります. 今のところ, 有理数の集合には本来に収束するべき Cauchy 列は存在していても, そのものは所属していないという状況があるわけであります.
そこで実数の集合を定義するのに際して, 上記の無限列 \begin{align} 1.4,\ 1.41,\ 1.414,\ 1.4142,\ \ldots \end{align} と実数 \begin{align} \sqrt{2} \end{align} とを同一視する大変なる考え方を取って, これをの中でを観測するための解決策とするのであります. そのとき他の実数もまた同じように有理数上の或る Cauchy 列に対応付けることができ, 集合から集合を構成するための論理的な手筋が見えてまいります. 即ち私たちは「とは有理数上の Cauchy 列を集めた全体である」, という定義を用い, かつ, 同じ値に収束する二本の数列が, 同一の数としてイコールの関係に結ばれるように実数の集合を規定しているのであります. 換言すれば, 上の Cauchy 列の全体をとし, に収束する有理数列の全体をとして, 集合に \begin{align} x=y\Longleftrightarrow x-y\in\mathfrak{m} \end{align}
という新しいイコールの基準を導入した集合 (→商集合) をと定義しているわけであります. このことを \begin{align} \mathbb{R}=\mathfrak{R}/\mathfrak{m} \end{align} と書き, 実数の集合を構成した一連の手順のことをの完備化 (completion) と呼称します. 更に, 有理数をという Cauchy 列に対応付けることによって, \begin{align} \mathbb{Q}\subset\mathbb{R} \end{align} の包含関係を得ることができます.
完備化は, どのような距離体系の下でおこなわれるかによって数列の極限の取りあつかいが変わり, 結果として構成される空間が変わることが知られています. 今の場合は通常の Euclid 距離を基準として用いたため, 実数の集合が得られたわけであります. (ここで, 距離空間が完備であるとは, 内の全ての Cauchy 列が収束列になることをいいます. )
以上の実数の構成法に類似して, 上の進絶対値から定義される \begin{align} d(x,y)=|x-y|_p \end{align} の距離に関してととを再定義し, \begin{align} \tilde{\mathbb{Q}}_p=\mathfrak{R}/\mathfrak{m} \end{align} と置けば, 先程と同じくと見なすことができます. 即ちこれは, 有理数の進距離による完備化を考えているのに他なりません. この定義が, 射影的極限による進数の定義と同値になることを証明するのが本節の目的であります.
- 射影的極限の定義から距離的な性質を導くためには, 元々あったに距離を導入して, それがの距離と本質的に同一であることを示し,
- 距離による定義から射影的極限の性質を導出するためには, 先駆的にがあるものとして, この集合の全ての元が進法展開を持つことを示し, かつ環の構造がと同質であることを証明するべきであります.
これらの二点を順番に述べることにします.
1. 𝒑 進法展開から始める場合
実数の完備性, 全単射
進法展開から定義された体に距離を導入することは簡単で, 進付値によるの冪の逆数を絶対値と定義して, と定めれば善いのです. 始めに, これから使用する三つの距離函数を纏めておきます. \begin{align}\begin{array}{lcccc}d&\colon&\mathbb{Q}\times\mathbb{Q}&\longrightarrow&\mathbb{R}_{\geqslant0},\\\tilde{d}_p&\colon&\tilde{\mathbb{Q}}_p\times\tilde{\mathbb{Q}}_p&\longrightarrow&\mathbb{R}_{\geqslant0},\\d_p&\colon&\mathbb{Q}_p\times\mathbb{Q}_p&\longrightarrow&\mathbb{R}_{\geqslant0}.\end{array}\end{align} 定義は以下の通りです. \begin{align} d(x,y)&=|x-y|_p,\\ \tilde{d}_p({(x_n)},{(y_n)})&=\lim_{n\to\infty}d(x_n,y_n),\\ d_p(x,y)&=|x-y|_p. \end{align} 中段の極限について, が距離空間上の Cauchy 列であるならば,
であるから, の列は実数上の Cauchy 列であり, 収束列になります (→実数の完備性). そのため極限値を定義することができるのです.
一つ目のは, あるいはをに制限した (詳しくいえば, 定義域を制限した) 函数に当たります.
実数直線において有理数の集合が稠密であることはよく知られた事実であると思います. これは数直線をや置きかえても同様に成りたちます.
即ち各点について, 如何に小さく正数を取っても, を充たすが必ず存在する. も同様.
にたいして, の以上の桁を切りすてた数をとすれば, は有理数であって, かつを充分に大にすることによっては限りなくに近づく. 故にはにおいて稠密である. またにたいし, 充分に大きく整数を取ってなる定数列を定義すると, であって, かつを限りなく小にすることができる. 故にはにおいて稠密である.
をの上の Cauchy 列とする. 前の命題によって, 各にたいして \begin{align} \tilde{d}_p(x_n,y_n)\lt1/n \end{align} を充たす近似的有理数がある. なる全てのに関して \begin{align} \tilde{d}_p(y_m,y_n)&\leqslant\tilde{d}_p(y_m,x_m)+\tilde{d}_p(x_m,x_n)+\tilde{d}_p(x_n,y_n) \end{align} であるから, 数列は Cauchy 列であって, をの元と見なすことを得る. 然らば, \begin{align} \tilde{d}_p(x_n,y)\leqslant\tilde{d}_p(x_n,y_n)+\tilde{d}_p(y_n,y) \end{align} が成りたつ. 即ちはの極限値である (数列を列と見たり数と見なしたり, 視点の切りかえに要注意).
をの上の Cauchy 列とする. 如何なる正の整数についても, 整数を充分に大に取れば, \begin{align} m,\ n\geqslant N\Longrightarrow|x_m-x_n|_p\leqslant p^{-k} \end{align} が成立する. 即ちの範囲においての未満の桁は確定であるので, を無限に大きくして得られる無限列がの極限値を与える.
この命題は, 二つの距離空間の間には唯だと, と, とのような名称の相違があるのみであって, 内容は本質的に違っていないことを表現しています. 従って, 例えば一方の空間に Cauchy 列があれば, これに対応するもう一方の空間の点列もまた Cauchy 列になります. ここに条件が課せられることによっての元には名前の変更が起こらないことが約束されるので, とは距離空間として同一であるのみでなく, 「を拡張した距離空間」としても同質であることが結論付けられるのであります.
写像を次の規則によって定義する. 即ち, 各にたいして, のにおける極限値をと定めるのである (はの元の羅列であり, 距離に関して Cauchy 列であるから, 必ずに関しても Cauchy 列である. 従って収束値を一意的に得ることができる). がの元を保つことは明白であるので, 他の条件を検証する必要がある. 等長性について について, においてかつであることに依れば, \begin{align} &|\tilde{d}_p(x,y)-\tilde{d}_p(x_n,y_n)|\\=\;&|\tilde{d}_p(x,y)-\tilde{d}_p(x_n,y)+\tilde{d}_p(x_n,y)-\tilde{d}_p(x_n,y_n)|\\ \leqslant\;&\tilde{d}_p(x_n,x)+\tilde{d}_p(y_n,y)\to0. \end{align} 由ってが成りたち, も同様である. 従って. 単射性について 上式において仮にとすれば 即ちは単射である. 全射性について 各にたいして, を充たす Cauchy 列を構成することは簡単. 当然これはに関する Cauhcy 列であって, に関しても Cauchy 列である. 故にの元が対応する. 即ちは全射である.
因みにはの完備化であると見ることができます.
2. 完備化から始める場合
続きましてを完備化した距離空間に加法および乗法を導入した場合に, この空間の全ての要素が進法展開を持つことを示し, そこから環の構造がと同質のものになることを証明します. 既知の理論をいつもとは違った道順で進めると, 珍しい発見があったり, またそれまでの理解を大きく深めることができるのが面白い点であると思います.
この節においては, できるだけ一般的な「離散付値環」についても成りたつ事実を述べる積りをしています. 従って多少の可換環論の用語を遣うことは止むなしと考えるのであります. (若しも内容が難しければ, 次の節に飛ばして頂くのも善いかと思います. )
集合においては, 単純な数列の加法と乗法を \begin{align} x+y&=(x_n+y_n),\\ xy&=(x_ny_n) \end{align} によって仕掛けることができますが, この演算に関しては環の構造を持ちます. 詰まりおよびが Cauchy 列であるならば, もまた Cauchy 列になることを-論法に基づき証明することができるのであります. 結合法則や分配法則が成立することは言に及びません. この環にあって, ゼロ列の集合は次の性質を示し, 従っての極大イデアルとなります.
がゼロ列でなければ, を充たすが存在する.
これによってをの演算を受けた剰余環と見ることができ, 性質によってこの環は体になります.
また, にたいして
によって延長される進絶対値は, もとの進絶対値と同様に絶対値の要件を充たすことがいえます. 実際, Cauchy 列について,
の極限を取ることによって
が得られます. またを充たす Cauchy 列を考えると, これはゼロ列であって, 剰余環においては単位元に等しいことがいえます. 即ちにおいてはと同値な条件になります.
閉円板 (あるいは閉線分) \begin{align} \tilde{\mathbb{Z}}_p=\{x\in\tilde{\mathbb{Q}}_p\mid |x|_p\leqslant1\} \end{align} はの部分環であり, その単数群は \begin{align} \tilde{\mathbb{Z}}_p^{\times}=\{x\in\tilde{\mathbb{Q}}_p\mid |x|_p=1\} \end{align} によって表される.
あらゆるは, 整数と単数を用いて \begin{align} x=p^nu \end{align} の式に唯だ一通りの方法によって表される.
の全てのイデアルは, を整数として \begin{align} p^k\tilde{\mathbb{Z}}_p&=\{p^kx\mid x\in\tilde{\mathbb{Z}}_p\}\\&=\{x\in\tilde{\mathbb{Z}}_p\mid |x|_p\leqslant p^{-k}\} \end{align} の形の単項イデアルである.
はの持つ唯一の極大イデアルである.
和および積について閉じていることは, 進絶対値の強三角不等式と, 乗法性とによって判る. でないがこの環の単数であることはかつと同値であるから, と同値である. 進付値を用いてと定めればかつが成立する. また仮にが二通りの表示を持つとするとき, 各辺の絶対値が等しいことによってである. 従ってでもあるから二つの表示は同一である. イデアルにおいて最小の進付値を持つ要素をとし, その進付値をとすれば, 或るを用いての形に表すことを得る. 扨て, の要素の進付値は必ず以上であるから, である. またの全ての要素にたいして分数は絶対値が以下であり, の元であるので, イデアルの性質によってである. 由ってであり, が成りたつ. を見れば明白.
の元はに属する. またの元から成る収束列は恒にを充たすから極限においてもである. 由ってが成りたつ. 逆にに属する数列を取っても, によって充分に大きい番号ではであるから, を整数と整数の商に表すことができる. の法における逆元を用いて, を充たすを定義すれば, 距離はの極限によって限りなくに近づく. 故にはの元から成る収束列の極限値である.
整数を固定する. あらゆるはの元と見なすことができる. 写像を引数にたいしてを与える対応によって定義すると, は環の準同型である. またの各々にたいして, を充たすが存在することは, 前の命題において示した通りである. 故には全射であって, 核で左辺を割ることにより命題の同型が得られる.
仮にの元が進法展開を持つことを認めるのならば, 今の命題のの場合, \begin{align} \tilde{\mathbb{Z}}_p/p\tilde{\mathbb{Z}}_p\cong\mathbb{Z}/p\mathbb{Z} \end{align} に現れる環は展開に用いることのできる桁の集合を示していると考えられます. ここから次の命題が得られることになります.
を還元したはの元であるが, これをの元と見なしてと置き (命題 3.15), に対応するの元をとすると, が成りたつ. 次にとしてに同様の事をおこなえばを充たす整数が得られる. この操作を無限に繰りかえして得られる数列が命題にいう不等式を充たすことは明らかであるので, の進法展開は存在する. またをにたいする二通りの進法展開とすれば, 全てのについてかつであるから, 強三角不等によってとが法に従って恒に合同であることがいえる. 故にが必要である.
各について, 同型から生ずる準同型がある. これらを束ねることによって, 射影的極限への準同型が得られる. はそれぞれのにたいして, 或るを用いてと表される射影的極限の元を対応させる. ここにはそれぞれを充たすように取られるものである*1. 扨てを任意の射影的極限の元とするとき, はなる和の系列の極限である. 各桁をの元と見なすことによって, この和をの元と捉えるならば, それはの元でもあり, はの中において或る一点に収束する. その点をとすればであるから, . 由っては全射である. またを通じてに移される元がのみであることは簡単である. 故に写像は単射であって, 環の同型を与える.
また各辺の商体 (分数体) を取ると同型が得られます.
以上の議論によって, 進法展開から出発しても, また絶対値から出発しても, 進数を扱うのに最低限必要な全ての定理を導けることが証明されるのであります.
このように進数には代数的な面と幾何的な面とが知られてあり, それらは互いに等価なる二通りの定義を示しております. 取りわけ距離空間の視点においては, 進数は実数と強く類似する関係にあり, Ostrowski の定理は, これらがの完備化の全てを包括していることを示しているのでありました. いいかえると, 有理数体という一つの母体から, 系列 \begin{align} \mathbb{Q}_2,\ \mathbb{Q}_3,\ \mathbb{Q}_5,\ \ldots\ \mathbb{R} \end{align} が発生したことになります. 積公式や局所大域原理は, これらの関係を述べた定理であったといえます.
𝒑 進順序
また進数の集合には実数と異なった種類の不等号を導入することができます. 抽象数学においては, 不等式は集合の元と元との「順序」を表す概念として理解されます.
先ずまたはならばとする. そうでなければ次のの基準に従う.
の場合, またはならばとする. そうでなければ次のの基準に従う.
かつの場合, またはならばとする. そうでなければ次のの基準に従う.
以降も同じ. またを「または」として定義する.
例えばのとき等. 下の桁の大きい数が大きいと考えると解りやすいかと思います. この取りきめの下においては \begin{align} 0=\ldots000 \end{align} が集合の最小数であり, \begin{align} -1=\ldots(p-1)(p-1)(p-1) \end{align} がその最大数になります.
一般の進数については, 充分に指数の大きい冪を掛ければかつが成りたちますので, との大小を比較すれば善いことになります.
ここで, 進数の順序は進法の足し算, 掛け算と整合するものでない点には細心の注意を要します. 実際 \begin{align} \ldots000\lt\ldots(p-1)(p-1)(p-1) \end{align} は正しい不等式であるのに, 各辺にを足すと \begin{align} 1\lt0 \end{align} という不成立の不等式が生じてしまいます. 従って進順序は飽くまでも進数を理解する際の扶助となるのに過ぎないのであって, 余り実用的な道具ではないと考えるべきであります.
進数の順序が進距離と整合していることを示すために, 次の命題を扱いましょう.
とする. にたいして, 不等式は \begin{align} a'\leqslant x\leqslant a'-p^n \end{align} と同値である. 但だしはのおよびそれよりも高い桁をに置換した進数を表す.
進距離によって導入される上の位相と, の開区間の全体を開基として得られる位相は同一である.
不等式はと同値であり, の全体はと表される集合である. 最大数と最小数を考えれば, これは不等式の表す閉区間と同一. 部分集合がの意味で開集合であるならば, それぞれの点についてを充たす開球が存在し, が成立する. 上の開球はによってなる形の閉区間であるけれども, 左辺と右辺の数を少しく変えることによって, これを開区間としても表すことができる. 即ち同値な不等式として \begin{align} \begin{cases} y\lt p^{n-1},\qquad a'=0;\\ -p^{n-1}-1\lt y,\qquad a'=p^n-1;\\ a'-p^{n-1}-p^n\lt y\lt a'+p^{n-1},\quad\mbox{他} \end{cases} \end{align} を得ることができるのである. 故には開区間の和集合でありに所属する. 逆にをの元とするとき, は開区間の和集合である. 然らば任意の点にたいし, を含む和集合の成分が存在する. との桁の一致しない最初の番号を, との桁の一致しない最初の番号をとし, とすれば, 開球は開区間の部分集合である. 即ちを含みに含まれる開球が存在するので, は距離の意味で開集合である (). 故にが成りたつ.
ここまでの内容を読んで, 勘の鋭い方は既にお気付きになったかも知れませんが, 進順序の定義に用いた \begin{align} 0\lt1\lt2\lt\cdots\lt p-1 \end{align} の序列は, 実はどのような順番であっても構わないのです. 詰まり \begin{align} p-1\lt p-2\lt\cdots\lt1\lt0 \end{align} と定義しても \begin{align} 0\lt2\lt1\lt4\lt\cdots\lt p-1\lt3 \end{align} と定義しても, 最後には命題 3.15 と同様の結論が得られ, 進距離による位相と進順序による位相とは互いに等しいことが証明されます. 進位相は「桁の序列」を余り問題にすることはなく, ひたすらに「桁が一致しているか否か」のみを重視するような気質があると考えられます (勿論加法と乗法にも注目するなら全くそうではないのですが).
ならば, かつが成りたつ.
ならば, ではない.
かつならば, かつが成りたつ.
大雑把にいえば不等式が「時計回りでからに向かうとき途中にを通過する」という意味をもつのであります. またまたはの場合は偽命題となります (条件から導かれる).
環を時間時計と見なして円環順序を導入すると, 剰余の足し算について「ならば」が成立します. 一般のや極限を取ったも同様です. 点の並び方そのものは先程の辞書式進順序と非常に似ていますが, 円環順序を用いたことで「端」と「端」とが連結しているところが相違点であります. 位相についても元の構造と整合的になることが証明されますが, 他方, 掛け算の構造がどのように順序構造と絡んでいるかは, それよりも難しい問題であるといえます.
表記の一意性と実数の性格
実数が進数の類似物であって, 進数がその名の通り記数法から始まったものであるなら, 実数も記数法を基に定義することができるのではないか, という疑問を持たれたかも知れません. 具体的にいえば, 整数, 有限小数と循環小数から成りたつ有理数の体系に, 無限小数を投入して拡張することによって, 実数の集合として定義しようという考え方であります. 所が周知されているように, 実数の世界においては \begin{align} 0.9999\ldots=1.0000\ldots \end{align} を始めとして異なる数列の間のイコールが成立してしまうことが有ります. 抑も集合というのは単なる対象の集まりであるのみならず, 各要素の間にイコールの基準「とは何か」が定められている必要がありましたので, 定義のためには実数と実数が等しいとは何か言明しておかなければなりません. そのとき単に数列が合致すれば実数が等しいと答えるのでは不充分なのであって, とのような二数の事も考慮に入れなくてはならない. 記数法の視点に立って実数を構築しようとする目標は, とても険しい議論を招くことになるわけであります (少なくともの形に終わる数列を除外するか, あるいはこれをと同一視する取りきめをしなければならず, その上で加法や乗法を定義することは, それよりも更に煩雑な問題である ! ). すると実数と進数とはどこが違ってこのような相違を生じているのかが気になるのでありますが, 実は〈桁を延ばす方向〉に重大な問題があります.
上の等式を観察すると, という無限小数に仮想的な無限小を加えた和がであるという, 直観的な意味を汲みとることができます. 無限小が加えられる〈右の無限遠〉の位置から全ての桁が一斉に〈左向き〉の繰りあがりを起こして, 小数点にまで到達し, そこでようやく実数と無限小の和であるが確定するのです. この一斉の繰りあがりこそが, 似ても似つかぬ数列ととを等しき実数として認識させている張本人であると考えてみることにしましょう.
この繰りあがり現象が, 進法ではどのように起こるのかを考察します. 進法が明らかに実数のものと異なるのは, 無限小の置かれる場所が〈左の無限遠〉に移るところでありますが, 他方で繰りあがりは実数のときと同じように〈左向き〉にしか起こらないので, 繰りあげられた桁は, 今度は無限小の方向に進むことになります. すると或る進整数に充分に小さな数を加えるとき, 〈右側〉にある殆どの桁は変化を起こさず, 限りなくに近い無限小を加えるときには全ての桁が保存されたままであります. このことを見れば, 進整数とがイコールであるためには全ての番号についての成りたつことが必要充分であって, たいする実数の場合においては, そのように単純明快にいえるの規準は存在しないことが解ります. 進数体は記数法を軸に定義することが容易であるのにたいして, 実数の集合がそうでなかったのは, 二つの世界の間で無限小の位置が逆転しているからであったのです. この得も言われぬ繰りあがりの複雑さこそが, の個性というべきものであると思います.
「∞ 進数」
所で, 進数体が素数, 付値, 絶対値と結びついている構図は既に説明を終えましたけれども, 未だ実数体に関しては, このような対応関係が出そろっていませんでした. 尤もこれまで通常絶対値と呼んできた函数は専用であって, 対応物と見ることができます. 然し, この絶対値からとして仮の「付値」を構成しようと試みても, 進付値のようには相ならず, 三つ目の不等式の崩壊する結論が得られてしまいます (詳細は略します). 実数体についてのみ付値が明らかにされないというのは, 誠に残念な答えであります. 然しこれは有理数体を調べてきた我々の結果に過ぎないのであって, 若し他の体に基づいて考えられた理論があるとすれば, そちらではに対応する絶対値専用の付値が存在しているかも知れません. こういう動機で, 従来は有理数体を中心として考えてきたところを, とある別の体に換えて, 他世界の付値を視察してみることに致します. そのためには, 進法展開のために必要であった整数の素因子分解と類似するような何等かの概念を, 他の世界に見つけなければならないでしょう.
有理函数体の付値
早速答えを書いてしまうようですが, 整数および有理数の素因子分解によく似通った概念といえば, ずばり, 複素数を係数に持つ多項式, 有理式の因子分解が該当します. 複素数体をとして, 係数の多項式環および有理函数体を次のように置きます. \begin{align} \mathbb{C}[t]&=\{a_0+a_1t+\cdots+a_dt^d\mid a_i\in\mathbb{C}\},\\ \mathbb{C}(t)&=\left\{\frac{\,f\,}{\,g\,}\;\middle|\;f,\ g\in\mathbb{C}[t],\ g\neq0\right\}. \end{align} この場合, に属する一次式 \begin{align} t-\alpha,\quad\alpha\in\mathbb{C} \end{align} の全部が元々の素数に代わる概念であって, あらゆる有理式は \begin{align} f(t)=a\prod_{\alpha\in\mathbb{C}}(t-\alpha)^{e_{\alpha}},\quad e_{\alpha}\in\mathbb{Z} \end{align} の形式に分解されます. ここで \begin{align} v_{\alpha}(f)=e_{\alpha},\quad|f|_{\alpha}=2^{-v_{\alpha}(f)} \end{align} なる二つの函数を定義しますと, 以下の性質が表れるので, これらは一種の付値と絶対値であると捉えらえます. 進付値, 絶対値のときから変わったところはありませんので, 証明は略することにしましょう.
然し, には別なる付値を導入できることが注目するべき点であります. 各有理式にたいし, の通りに有理式を取って, \begin{align} v_{\infty}(f)=v_0(\check{f}),\quad |f|_{\infty}=|\check{f}|_0 \end{align} のように定義すれば, これもまた条件からを充たし, 付値と絶対値になることが明白でありましょう. 勿論はの次数と関係があり, \begin{align} v_{\infty}(f)=-\deg(f) \end{align} と書いても同じであります. 言われてみると, 確かに次数のマイナスは付値の性質を充たしていることが納得できます. 詰まり, \begin{align} \deg(f+g)\leqslant\max\{\deg(f),\deg(g)\}. \end{align} これは多項式の足し算が繰りあがりを含まないからであります. 念の為に申しますと, 他のを選んだ場合のもまた付値になることには相違ありませんが, 常にという関係があるせいで考察の必要が生じません. 逆数を取ることのできないのみが特異な役割をもつということであります.
またを因子分解した式において各辺の次数を比較すれば, \begin{align} -v_{\infty}(f)=\sum_{\alpha\in\mathbb{C}}v_{\alpha}(f). \end{align} 従って \begin{align} \prod_{\alpha\in\mathbb{C}\cup\{\infty\}}|f|_{\alpha}=1 \end{align} という積公式を得ることができます.
およびが有理函数体の絶対値になるという事実を, 進と実数のアナロジーとして捉えるならば, の記号を借用して \begin{align} |\cdot|=|\cdot|_{\infty},\quad\mathbb{R}=\mathbb{Q}_{\infty} \end{align} と書くことも不自然ではありません. このようにして, 実数体を仮想の素数に対応する進数の体と見なすことができます. あらゆる素数と記号とを合わせて体の素点といい, 特に素数のことを有限素点, のことを無限素点と呼びます.
跋文 : 𝒑 進法展開と Taylor 展開との関係
長い目で数学の歴史を思いみれば, 人間が初めてなし得たところの有理数の完備化は Euclid 距離を土台とした実数への拡張でありました. それはこの上なく自然な事の運びであったのみでなく, 他方で実数を調べることは整数論にあまり有効でないという側面がありましたので, 不定方程式論に縁があるとは如何に聡明な数学者とて到底思いいたらなかったことでありましょう. たいする進数の存在は, 定義によって自ずから整数の個性ともいうべき素因子分解と強固な繋がりを有し, 大いに不定方程式の理論に貢献することが期待される特徴がありますが, こちらは概念そのものが難しく発明までに長い年月を要しました. 進距離を使った完備化を見つけて「こんな有理数の拡張があるのか」と人類が驚かされたようなイメージです. 実情においては, 局所大域原理が示しているごとく実数と進数とを併せ考えてやっと有理数解に直結するのですから, 実数体も決して欠かされてはならないのですが.
進数を生みだした原始的な着眼は, 実は Weierstrass (ヴァイエルシュトラス) の函数論的 (解析学的) な思想を整数論に持ちこもうと考えたところにあります. 進数の誕生に大いに寄与した Weierstrass (1815-97), Hensel (1861-1941), Hasse (1898-1979) の順に続いて, 元は解析学より数論に向かっていったドイツ数学者の系譜は, 現代の数学愛好家にとって非常に感慨深いものであると思います. 三百年来, 函数論には多項式, 余弦, 正弦, 指数, 対数を始めとする正則函数を多項式により近似して \begin{align} a_0+a_1x+a_2x^2+\cdots \end{align} の形の無限級数に展開するための方式が語られてまいりましたが, これを整数論の一部分として吸収し, またそこから既存のイデアル論に対抗するための結果を大成しようと試みたのが, Hensel という人物であります. それまでに函数論と整数論に結びつきがあると考えた者は, どの門にもいなかったし, 抑も有理数と函数とを同列に見るがごときは, 初等数学から大いに飛躍した不可思議の思想であって, 抽象数学の発達を見事に実現してきた十九世紀のドイツらしい, 革新的発明であったといわなければならないでしょう. 然し現代の数学から回顧するならば, 級数展開の観念を他の数学領域に輸出するとなったときに, その行き先として整数論を選ぶことは, 極めて至当な選択であるとも見ることができるように思います.
をに関する複素係数の多項式として, これを点の周囲において展開すれば, \begin{align} f=a_v(x-\alpha)^v+a_{v+1}(x-\alpha)^{v+1}+\cdots,\\\ \\a_i\in\mathbb{C} \end{align} という形の有限級数が得られます. 若しも指数の小さな項から計算を始めるならば, 必然として最初に指数と係数とを知ることになりますが, 果たしてこの指数はどうして一意的存在することが決まっているのでありましょう. 一つの理由に, 次のような説明が考えられます. 即ちあらゆる複素係数の多項式は代数学の基本定理によって次数の数だけ零点を持ち, 自ずから \begin{align} f=a\prod_{\beta\in\mathbb{C}}(x-\beta)^{v_{\beta}},\quad v_{\beta}\in\mathbb{Z}_{\geqslant0} \end{align} という一次式の積に分解して, 広く知られているように因子分解の結果は積の順序を除いて一意的に決まります. 級数展開における先頭の指数はこの式に現れるに等しく, 因子分解における指数と対応するような整数であるので, 少し粗雑にいうならば, 因子分解の一意性によって Taylor 展開の一意性が保証されるという一方から他方に向かう論理の繋がりが存在するように考え得られます.
この繋がりと同じものが,〈正整数の一意的な素因子分解〉と進法展開についても成りたつことはいう間でもありません. その類似性から〈の一意的な因子分解〉と同じ役割を担う対象として〈有理数の一意的な素因子分解〉を用いるという考えが生まれ, 複素係数の多項式を有理数によって代替する発想が生まれ, 丸で函数論のような新しい整数論のイデーが生じてきたという風に思考しますと, 歴史の事も合点がゆくのではないでしょうか. 時に有理数や進数にたいしてのアルファベットを充てることが有るのは, 函数とのアナロジーが意識した習慣ということでありましょう.
扨て先程にも述べましたように, 複素数体における多項式の一意的な因子分解は悉く整数の素因子分解に類似しており, 各一次式が素数と平行し, 多項式の因子分解が素因子分解と平行し, そうして多項式の冪級数展開が非負整数の進法展開に対応しています. 函数論の知見によれば, 多項式の項数を多く増やして無限和にすると, より広い範囲の函数を扱うことができるようになるのでしたから, 進法にも同様の原理を当てはめ, 展開に用いる項数を限りなく増やすことを試みるべきであります. 然しするとのために無限和が発散するという問題が起こり, 簡単には拡張をおこなうことができないのに気が付きます. 実数としてのの大小を操ることはできませんので, 仮に発散問題の解決策があるとすれば, それは記号の表す意味を度外に置いて, の大小を放棄する段階を経るものでなければなりません. 即ち, 飽くまでも形式的に, 単なる数列として \begin{align} f=a_0+a_1p+a_2p^2+\cdots,\\\ \\a_i\in\{0,1,2,\ldots,p-1\} \end{align} という級数を捉えるように定義の仕方を変えてみるのが善いのです. この見かけ上の級数は, いいかえれば剰余環の元から作られる無限数列に他ならず, それらの全体は集合に一致します. このようにすると, 自然な論理の流れを辿るようにして集合としてのの概念を掴むことができるようになるのであります. 加えて, そこに無限級数の形に沿った加法, 乗法, 距離の構造を定義してゆくと, 進整数を (実数等とは異なった) 一種の特別な数として認知することができるのです.
多項式の Taylor 展開と整数の進法展開との間には, 数学の領野全土の中で見ても, 特に近接した関係があり, そこに初等整数論にはない新たなる趣向を見だすことができるのであります.
演習問題
同上.
正三角形 : 任意の相異なる三数に対してが成りたつ.
二等辺三角形 : 或る相異なる三数が存在してになるが, 正三角形ではない.
不等辺三角形 : 正三角形でも二等辺三角形でもない.
上のあらゆる三角形は二等辺三角形であることを証明せよ. また直積距離空間の場合はどのようになるか.
二等辺三角形と不等辺三角形は存在する. 正三角形は, が奇素数のときに存在し, のときは存在しない.
は開集合であり, かつ閉集合であることを示せ.
任意の点と任意のなる実数とにたいして, が成りたつことを示せ.
あらゆるは互いに同相であることを示せ.
一般に実数は, の三進法展開をととの桁のみを用いて表現しうるとき, かつそのときに限って, 集合の要素である. この同値性を証明せよ.
順序同型かつ位相同型なるが存在することを示せ.
あらゆる素数について, 同相およびが成りたつことを示せ. 特に, が互いに同相であることを証明せよ.
, および
とにたいして
にたいして, ならば
加えてを規定する. この下で,
を個の区間に分割して \begin{align} \mathbb{Z}_p=\bigcup_{a=0}^{p^N-1}(a+p^N\mathbb{Z}_p) \end{align} とするとき, は幾らか.
正なる整数について, 定積分 \begin{align} \int_{\mathbb{Z}_{p}}x^k\mathrm{d}x=\lim_{N\to\infty}\sum_{a=0}^{p^N-1}a^k\mu(a+p^N\mathbb{Z}_p) \end{align} が Bernoulli 数に一致することを証明せよ (Volkenborn 積分).
(4) の記事 :
多変数二次の不定方程式について (4) 局所大域原理の証明 - Arithmetica 算術ノート