この記事では, 以下を目標として上記の定理を証明します.
- Bertrandの仮説の証明における不等式評価をより緻密にし, バウンドをまで下げた証明をまとめる.
まえおき
2018 年に, いわゆる「Bertrandの仮説」の証明におけるバウンドをにまで下げることに成功したという論文が, Manoj Verma (マノジ=ヴァーマ) 氏によってarXivに投稿されていましたので, そのアウトラインをここにまとめておきたいと思います.
本記事には横長の数式が多く含まれるので, スマートフォンの場合は画面の横向き表示を推奨します.
準備
次の項で見るように, 証明には中央二項係数の素因数分解における各指数の大小評価が必要になるのですが, 準備として初めに済ませておくことにします. 以下, 非零整数と素数に対して, を素因数分解したときのの冪指数, すなわちがで割り切れる回数をで書き表すことにします. これを進オーダー, あるいは進付値と呼びます.
中央二項係数の進付値を整数部分の記号を使って表現すると
と成ります. ただしはとなる最大ので, のとき級数の中身はつねに零になります.
を一つ取って固定します. 以下の素数についての評価を行うために, \begin{align} 2\lt\sqrt{2n}\lt\frac{2}{3}n\lt n\lt 2n \end{align} という大小関係が成立することを利用して, を大小に基づき分類します.
- なる
よりであって, およびが成り立つことから
- なる
よりであって, およびが成り立つことから
- なる
よりであって, 任意の実数についてが成り立つので,
- なる
上に同じ理由によって
概説
以下は私の場合の思考 (こじつけ ? ) の流れです. 必要でなければ次の項まで飛ばしてください.
さて, 示したいのは開区間あるいはにおける素数の存在性ですが, まず扱う対象である素数の分布を評価するのが困難である以上, 直接に個数を考えるような証明方法では厳しいであろうと予想がつきます. そこで何らか簡単な整数の素因数として, 特定の大きさの素数を構成する方法をとりたいわけですが, たとえば区間に含まれるすべての素数の積は, いま考えているような大きさの素数全部を素因数に持ちます. そしてこの積の値がより大きければ, 直ちに定理に辿りつくことができます (連続素数の積というこの整数は, このままでは扱いにくいのですが, 後述するような工夫をもうひとつ加えれば, 見通しのよい問題に帰着することができます). この積を以降と表記し, 同様に, ある区間に含まれる素数全部の積をで表すことにします.
続いての不等式評価が問題になります. 愚直にを考察しようとしても, 結局これでは素数の複雑さに阻まれてしまう. ですからに含まれるすべての (素数のみでなく) 整数の積 \begin{align} (n+1)(n+2)\cdots(2n-1)2n \end{align} を考え, その素因数に着目する方針をとります. 更に, 進オーダーの評価のしやすさを確保するためにをで割って \begin{align} \frac{(2n)!}{n!n!}=c_n \end{align} という二項係数を考えるようにします (二項係数の進オーダーは, Legendre の定理によって評価されるのでありました). もちろんのこと, この整数の素因数には区間に属さないようなものも含まれています. の素因数の中から, 考えるべき大きさの素因数を抽出するために, の素因数分解において, 区間に属する素数達の部分を抽出した積を, と書くことにします. すると先ほどのオーダー評価の結果に基づいて, (ならだから) \begin{align} P(n,2n]=Q(n,2n]=\frac{c_n}{Q[2,n]} \end{align} と変形することができるので, 示すべき命題は右辺がよりも大きいことと同値になります.
中辺から右辺のように変形したのは, 素数に由来する数を「分子に置かない」ためです. と言うのは, 素数の個数や素数の積といった式が「どれくらい小さいか」という議論のほうが, 「どれくらい大きいか」という議論よりもたやすいからです (元々考えていた問題は, ある範囲での素数の個数が「よりも多い」ことを示さねばならないものだった). 証明すべき内容の重要な言いかえは, おおむねこんなところです.
ここから, 右辺の大きさを考えるために二項係数とその素因数冪についての評価を行ってみるのですが, これが以外と厳しく, 単純に思い当たるような方法では, の適用可能な下限が三桁ほどにまで膨れ上がってしまいます. それゆえに, 厳密な評価をおこなうために細かな計算が多量要求されることは, 言を要しません.
不等式評価
中央二項係数の下からの評価
証明の概略. のとき等号が成立し, その後の増加の速さは左辺のほうが大きいことが示される.
Q [2,n ] の上からの評価
続いて分母についてですが, 準備の項において中央二項係数の素因子を分類したのと同様に \begin{align} Q[2,n]=Q\left(\frac{2}{3}n,n\right]Q\left(\sqrt{2n},\frac{2}{3}n\right]Q[2,\sqrt{2n}] \end{align} と分解して考えます. のときであった事実から第一因数は何ら影響を及ぼさない(形式的には, 乗法単位元に等しい)ため, 結局は \begin{align} Q[2,n]=Q\left(\sqrt{2n},\frac{2}{3}n\right]Q[2,\sqrt{2n}] \end{align}という式形になります.
証明. のときから \begin{align} Q[2,\sqrt{2n}]&\lt\underbrace{2^{\log_2{2n}}\times3^{\log_3{2n}}\times5^{\log_5{2n}}\times\cdots}_{\pi(\sqrt{2n})\ \textit{factors}}\\&=(2n)^{\pi(\sqrt{2n})}. \end{align}
証明. まず, 次の不等式を用意する. \begin{align} P(n,2n-1]=P(n,2n]\lt2^{2n-3}. \end{align} 左辺と中辺の相当は言うまでもないが, 中辺と右辺の大小については, たとえば次のようにして証明される. すなわち, 二項係数は任意のの倍数であるから, \begin{align} P(n,2n-1]\leq{}_{2n-1}{\rm C}_{n-1}=\frac{c_n}{2} \end{align} が成立する. ここで, 命題 1 と全く同様な手法によって, の際に不等式の成立が確かめられるので, \begin{align} P(n,2n-1]\lt2^{2n-3} \end{align} である.
さて, 示すべき不等式 \begin{align} P[2,n]\lt\frac{4^n}{6n} \end{align} を示すにあたって, 先ほど見たようなからの場合を導く再帰性に着目し, 次の数学的帰納法を適用する.
- において命題が成立する.
- で命題が成立するならば, のときも成立する.
のときには具体的に確かめられる. 次にを仮定すると \begin{align} P[2,2n-1]&=P[2,n]P(n,2n-1]\\ &=\frac{4^n}{6n}\cdot2^{2n-3}=\frac{4^{2n-1}}{12n}\lt\frac{4^{2n-1}}{12n-6}\\ P[2,2n-1]&=P[2,2n]\\ &\lt\frac{4^{2n-1}}{12n}\lt\frac{4^{2n}}{12n} \end{align} のようにの場合にも成立する. よってのときは正しく, またのときもよい. 以上によって補題は示された.
証明. 前の補題を実数に拡張することを考える. 示すべき不等式の右辺のに関する導函数 \begin{align} \frac{4^x}{6x^2}(x\ln{4}-1) \end{align} は恒等的に正であるから, 元の函数は狭義において単調増加であり, \begin{align} P[2,x]=P[2,\lfloor x\rfloor]\lt\frac{4^{\lfloor x\rfloor}}{6\lfloor x\rfloor}\lt\frac{4^x}{6x}. \end{align}
命題 3 の証明. なるに対しであったから \begin{align} Q\left(\sqrt{2n},\frac{2}{3}n\right]\leq P\left(\sqrt{2n},\frac{2}{3}n\right]=\frac{P\left[2,\frac{2}{3}n\right]}{P[2,\sqrt{2n}]} \end{align} と変形することができる. のときに留意して補題の式を用いると \begin{align} \frac{P\left[2,\frac{2}{3}n\right]}{P[2,\sqrt{2n}]}&\lt\frac{4^{\frac{2}{3}n}}{6\cdot\frac{2}{3}n}\cdot\frac{1}{2^{\pi(\sqrt{2n})}}\\&=2^{(4n)/3-2-\pi(\sqrt{2n})}\cdot n^{-1} \end{align} となる.
仕上げの不等式
以上の議論から
という不等式が得られ, 右辺がにおいてつねに以上であることが示されれば, 証明が完了することになります. 素数計算函数に対する大小評価は難しいので, 素数の定義から容易に導かれる次の不等式を応用します. \begin{align} \pi({\sqrt{2n}})&\leq\#\{k:{\rm odd}\mid 3\leq k\leq\sqrt{2n}\}\\&\leq\#\{k:{\rm even}\mid 2\leq k\leq 1+\sqrt{2n}\}\\&=\left\lfloor\frac{1+\sqrt{2n}}{2}\right\rfloor\leq\frac{1+\sqrt{2n}}{2}. \end{align}
したがって, 示すべきなのは \begin{align} &P(n,2n)\gt2^{(2n)/3+1}n^{-\sqrt{2n}/2}\gt1\\ \Longleftrightarrow\;&\sqrt{2n}^{\sqrt{2n}}\lt2^{(2n)/3+1+\sqrt{2n}/2}\\ \Longleftrightarrow\;&(\sqrt{2n})^6\lt2^{2\sqrt{2n}+3+6/\sqrt{2n}} \end{align} が成立することである. これは, 次の命題から明らかになります.
証明. 次の等式を用いる.
を代入し辺々足し合わせると \begin{align} \ln{2}&=2\left(\frac{1}{3}+\frac{1}{3\cdot3^3}\right)+E\\ &=0.6913\cdots+E,\\ E&=\int_{o}^{\frac{1}{3}}\frac{2t^4}{1-t^2}{\rm d}t \end{align} となり, 定積分の含まれる誤差項は \begin{align} 0&\lt\int_0^{\frac{1}{3}}\frac{2t^4}{1-t^2}{\rm d}t\\ &\lt\int_0^{\frac{1}{3}}\frac{2t^4}{1-(1/3)^2}{\rm d}t=\frac{9}{8}\cdot2\cdot\frac{1}{5}\cdot\frac{1}{3^5}\lt0.002 \end{align} と評価されるから, である.
命題 4 の証明. 示すべき不等式において, 左辺と右辺それぞれの自然対数の差 \begin{align} m(x)=\left(2x+3+\frac{6}{x}\right)\ln{2}-6\ln{x} \end{align} のに関する導函数は \begin{align} m'(x)=\left(2-\frac{6}{x^2}\right)\ln{2}-\frac{6}{x} \end{align} である. の零点をとおき, およびとして微分係数の正負を見ると \begin{align} m'(4.9)&=\left(2-\frac{6}{24.01}\right)\ln{2}-\frac{6}{4.9}\\ &\lt\left(2-\frac{6}{24.5}\right)\frac{30}{43}-\frac{60}{49}\\ &=\frac{86}{49}\times\frac{30}{43}-\frac{60}{49}=0,\\ m'(5.0)&=\left(2-\frac{6}{25}\right)\ln{2}-\frac{6}{5}\\ &\gt\left(2-\frac{6}{25}\right)\frac{20}{29}-\frac{6}{5}\\ &=\frac{2}{5\times29}(88-87)\gt0,\\ \lim_{x\to +0}m'(x)&=-\infty. \end{align}
となるから, は共に実数であって, うちいずれかは開区間に. もう一方はに属する. したがってのとき, はにおいて極小となるから, この区間において最小となる.
よっての場合に証明できれば充分であるが, この区間内における右辺の最小値と左辺の最大値を比較すると \begin{align} 2^{2x+3+6/x}&\gt2^{2\times4.9+3+6/4.9}\\ &\gt2^{9.8+3+1.2}=2^{14}\\ &\gt5^6\gt x^6. \end{align}
以上によって命題は示された.
証明. 以上の議論によっての場合は既に示された. の場合は具体的に確かめられる.
演習問題
のみ.
参考文献
[1] Manoj Verma (2018), "Proof of Bertrand's Postulate for ", CoRR.